まなびの
STORY

まなびの
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前野隆司さん(Takashi Maeno)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授
1962年山口生まれ。広島育ち。84年東工大卒。86年東工大修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。2011年より同研究科委員長兼任。
研究領域は、ヒューマンロボットインタラクション、ハプティックインタフェース、認知心理学・脳科学、心の哲学・倫理学から、地域活性化、イノベーション教育学、創造学、幸福学まで。主宰するヒューマンラボ(ヒューマンシステムデザイン研究室)では、人間にかかわる研究なら何でもする、というスタンスで、様々な研究・教育活動を行っている。また、所属する文理融合の大学院SDM研究科では、環境共生・安全などの社会的価値を考慮した様々なシステムのデザインに関する研究・教育を行っている。
松島倫明さん(Michiaki Matsushima)
編集者/NHK出版 放送・学芸図書編集部編集長
翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどを幅広く行う。手がけたタイトルに、デジタル社会のパラダイムシフトを捉えたベストセラー『FREE』『SHARE』『MAKERS』『シンギュラリティは近い』のほか、2015年ビジネス書大賞受賞の『ZERO to ONE』や『限界費用ゼロ社会』『〈インターネット〉の次に来るもの』がある一方、世界的ベストセラー『BORN TO RUN 走るために生まれた』の邦訳版を手がけて自身もミニマリスト系ランナーとなり、いまは鎌倉に移住し裏山をサンダルで走っている。『脳を鍛えるには運動しかない!』『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』『マインドフル・ワーク』『NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる』など身体性に根ざした一連のタイトルで、新しいライフスタイルの可能性を提示している。
2017年7月3日。社会人の学びニーズを調査・発信して行くためのリサーチ部門「ストアカまなび総研」の設立を記念し、「社会の変化に合わせてニーズが多様化する現代において、今、大人がまなび続ける理由」をテーマに、ゲストをお招きしてトークセッションを行いました。
ゲストは幸福学の研究をされている慶應義塾大学大学院教授・前野隆司氏と、NHK出版編集長・松島倫明氏。 ファシリテーターはストリートアカデミー株式会社 代表取締役・藤本崇が務めます。
前編では、幸せの条件のひとつは学んで成長することであるという前野氏の研究結果を軸に、マズローの欲求5段階を引用しての「自己実現または社会的評価のためのまなび」という議論が繰り広げられました。
後編では、まなびをとりまく現代の社会情勢のアングルから展開していきます。
多様性に対処している人の方が幸せだというデータがあります。友達が多様な人の方が幸せなんですよね。友達の弱い繋がりが、ぐわーとネットワークになっている人の方が、単純なネットワークの人より幸せなんです。多様性のある世の中にうまく対処している人のほうがどうも幸せらしい。
幸せの創造性にも相関があって、多様性のある方が創造性が高まるんです。それはそうです。いろんな人の話が聞けて、いろんな新しいことがありますから。
松島さんの本は、運動が幸せに多様性に寄与する、でしたけれど、幸せと多様性と創造性は関係しているんですね。
今世の中の変化が激しいので、創造的じゃないと対処できないんです。昔は変化があんまりないので、我が社のノウハウを秘密にして蓄積して、大規模なピラミッド組織を作って勝つ、というやり方ができたんですけど、今はどんどん変化するから、対処しなければ幸せになれない時代になっちゃったんですよ。そういう意味でもさっきからの議論で思うのは、取り残された人をどうするのかというのが、これからの課題ですね。
そうですね、難しいですね。
この前、オランダの「デ・コレスポンデント」という広告を一切とらないサブスクリプション型の先鋭的なニュースサイトの記者、ルトガー ・ブレグマンが来日していたんですけれど、彼は著書『隷属なき道』の中で、ベーシックインカムを導入することによって、人間は週に15時間働けば済むような時代が来るということを言っているんです。
今回の「学び」というお題をもらった時に考えたんですが、テクノロジーが進化して、AIがいろいろやってくれるバトラーサービスみたいなものがどんどん増えてきて、人間は週15時間働けばあとは何をやってもいいとなった時に、人々は果たして学ぼうとするのか、それとも呆けてしまうのか、多分そこがポイントなんじゃないかなと思うんです。来週から「あなたは15時間だけ働けばいい」となる。それは要するにどういうことかというと、仕事が人生じゃなくなるってことですよね。
そうじゃなくて、人間としてどう生きたいのか、どうなりたいのか、という社会になった時に、あなたはそれでも学ぶのか、何を学ぶのか、今学んでいることをそのまま学びたいと思えるのかどうか、そこが学びの自己実現を含め、問いかけられるような気がするんですよ。
最初に自己紹介でシンギュラリティ※という議論を紹介しました。人工知能が全世界を奪っちゃうみたいな話もあるんですけど、バラ色のシナリオでもある。
ローマの時代には奴隷が全部仕事をやっていてくれたので、それ以外の人間は政治とか哲学の話だけすればよかった。男女不平等だったのであまりいい例ではないんですが、改めて考えれば、そういう労働から解放されて自由が約束された世界こそが、人類が目指してきた世界なはずです。
働かなくてもいいということは、学べない人、学ばない人、仕事から取り残された人でも、普通に暮らしていける社会であり、それでも人間は学ぶのか?と。
※シンギュラリティ:技術的特異点。人工知能が人間の能力を超えることで起こる出来事。
僕の課題はそこですね。
幸せな人は学ぶ人。不幸せな人は、自分の良さにも気がついていないから学ぶサイクルにも入っていない人。放っておくと格差は拡大しちゃう。
幸せな人はどんどん学ぶ。学べない人は、退屈だな、でもやることないし、やりたいこともないし、得意なこともない、と思って学ばないまま、さらに社会から取り残されちゃうんですよね。そうならないためには、この人をいかに学ぶ方にもって来るかというのが課題なんですよね。
僕から見ると、明らかに学んだ方が幸せなんだから、「データが示しているから見てください」と言うんです。すると、高学歴な人は見てくれるけど、そうじゃない人は、「何、学びとか言ってんだよ」という反発になってしまうんですよ。
NHKでも格差や社会問題といったシリアスな番組をやっていますが、最もそれを見た方がいい人はNHKを絶対見ない(会場笑)。
決局、週に15時間しか働かない時に、働かない社会で僕らが幸せでいるためには、それでもみんなが学ぶような社会を作ったらいい。そういうドライブをかけなければいけない。
みんなが永遠にポテトチップスを食べながらネットフリックスを見続けるような社会になっちゃうと、みんなが不幸せなる。つまり、ディストピアの世界になっちゃうんです。
それって紙一重というか、いったいどっちに行くんですかね。
関係あります。
その話がスジが悪いなと思うのは、おっしゃるようにシリコンバレーでは、今若いプログラマーというかエンジニアが引く手数多で、年取っていると昔のプログラミング言語しか知らないだろうと買い叩かれるので、30を超えるとエンジニアはみな整形までして、若作りして、面接に行くらしいんですね。
要するに、20代じゃないと、徹夜もできなければ最新のプログラムも知らないと思われる、ある種ものすごくいびつな社会になっているんです。もっと根本を教えていかないとまずい感じがすごくしますよね。
そもそもAIが進歩して、職を奪うっていう議論は、ユートピアとディストピアを分ける議論です。
AIが人間の仕事を代替してくれるということは、本来人間のやるべき仕事が減るので、ちゃんと分配すればみんなが休める豊かな社会になるということのはずなんです。それがなぜディストピアになるかといえば、AIを作ったカルフォリニアの会社だけがぼーんと儲けて、それ以外のほとんどの職を失うので、格差社会になっていくと貧乏で、日本人が今より貧乏になるから、プログラミングでもしていなきゃ生きていけないというような、最悪の事態がくるわけですよね。そんな最悪な世界と、その逆があり得ます。
皆が豊かで、古代ギリシャの哲人のようにスポーツしたり、文学したり、芸術したり、ストアカがどんどん流行って、みんなストアカやっているみたいな世界。現実的には、両者の間のどこに行くかを考えるべきですよね。
まず朝起きて、ベッドから抜け出す理由がもてる仕事なのかどうか。俺はこの仕事やりたいと思っているか。そういう仕事をいかにAIに任さず、そうでないものをAIに任すかという、そういう区分けは学びも一緒だと思います。
目的が何なのか。プログラミングを学んで、若作りしてシリコンバレーに行きたいのか、そうでなくて100歳までずっとプロトピアで常に変わっていく中で、自分が生きるための芯みたいなものを作って行きたいのかと、そこらへんを考えるといいのなぁって思いますね。
今まで起きてきたことと一緒ですよね。
産業革命によって、人間が重労働をしなくても、機械が代替してくれるようになったように、単純な知的労働がAIに置き換わる、というだけです。産業革命が起きた時、失業者が一瞬すごく増えたけど、決局は肉体労働をしなくて済むようになったので、多くの人は、豊かで幸せになったんですよ。過渡期に奪われる仕事はあるでしょうけど、トータルで見ると、肉体労働から人間を解放してくれた産業革命と同じように、いいことでしかない。それを奪われる、奪われるって怖がるのがいけない。
私もロボットを研究していたからわかるけど、AIやロボットに奪われない仕事は、人間にしかできない感性を駆使した仕事、たとえばスポーツ、芸術、創造とかそういうものですね。囲碁とか将棋でAIが人間に勝ったというけれど、あれはすごく創造的な手を打っているわけではなくて、ものすごいスピードで、全部の手をシミュレーションしているだけであって、人間の囲碁の美しさとは全然違うんですよ。一つの目標に対してやたら計算できる分野では勝ちますけれど、人間のように創造的に新しいことを考える、という能力はまだ全然追いついていないですね。
人間はこれまで以上に創造的になって、感性を活かして、体と心をより豊かなものにする方向に行かなければいけない。古代ギリシャの哲人はまさにそうじゃないですか。哲学とスポーツと芸術ばっかりしていたでしょう。ああいうところを人間がやるという世界になればいいなと思う。
仕事でも、趣味でもいいけど、1億人いたら1億通りのナンバー1にみんながなるような社会がまさに理想だと思います。たくさんの時間を使って、僕は絵を描いていますとか、やたら走っていますとか、それぞれ違うことをやるみたいなのが理想です。
僕がいつも夢描いているのはそれです。いかにしてそっちに行くか。そっちじゃない、怖い社会にならないかということです。
私のところにあるデータだと、幸せな人は、仕事のパフォーマンスも高い。創造性も高い。利他的でチームで仕事をするのも向いているし、お客さんにも好かれるし、とにかく仕事もできる。スキルアップにもなるデータもいっぱいある。
そういう意味ではまず、それが世の中にあまり知られていないとしたら、それを知ってもらう努力をする必要がある。僕はやっているけれど、もっとやるべきだなと思います。
それから気になったのは、調査などで何が必要かと聞かれると、多くの人は「金ですね」と答える。本当は裏には幸せがあるのに、人間は目の前のものがパッと浮かぶようにできているんですよね。
だからそこは、無意識のマーケティングというか、いかにして本当の幸せに訴求するために、啓発教育をするなどいろんな方法で、皆さんをそっちの方向に連れて行く方法を作る必要があると思っています。
ストアカさんがまだ10万人ってことは、後1億1千何百万人に訴求する努力が足りないってことですね(会場笑)
僕の課題も一緒ですよ。幸せな世界のイメージを人々に伝えるために、あくせくやってみたり、講演したり、色々トライしたりしているんです。
ストアカまなび総研にもすごく期待しています。同じモチベーションですよね。もっと学ぶ人を増やすために色々な手法を試してみて、どんどんいい方法を増やしていくってことじゃないかと思うんです。
最近は「ウェルビーイング(Well-Being)」っていう言葉をよく使っているんですが、日本語の定訳っていうのがないんです。WHOだと、心身ともに健康で、社会的にもヘルシーな地位にいるというのが、ウェルビーイングなんです。先ほどの話にもつながるんですが、僕らが何を目指しているのかというときに、一つの指針になると思うんですよ。
どうやったら幸せということも含めて、1番よりよく生きていくことができるのか、というところにもっと皆の視線を向けていかなくてはいけないな、と。
多分日本って割とそこが足りないと思うんです。幸せになるために僕らは生きているし、働いているし、会ってる皆を幸せにしている。そのためなんだよね、っていう意識がなくて、みんな真面目なので、目の前にあることが目的になってその先を忘れてしまう。
シリコンバレーやデジタルテクノロジーなんかを見ていてよく思うのがまさにそれで、西海岸って、ウェルビーイングの思想やカルチャーがずっとあるのに、日本の企業はテクノロジーのとこだけ持ってきてサービスを提供したがる。それでは何のためにやっているの?って思うんです。それによって人々のウェルビーイングに資する、それによって社会をバージョンアップさせてよりよくしていくってことが抜けていて、ビジネスとしてかっこいいから持ってくる、みたいになっているものがすごく多いんです。
そういう意味ではウェルビーイングの思想をどうやって、さらに植え付けていくかが課題です。
デジタルテクノロジーが持つ強い力に「デモクラタイゼーション(民主化していく)」というのがあります。
今までは大企業なり、政府なり、大組織なり、大学なり、大きなところでしかできなかったことが、インターネットでも出版でも音楽でも、何かをやりたい時に、一人でできるようになってきた。
10年前と比べれば、ソーシャルネットワークの中でこれだけ毎週なんらかのイベントの誘いがガンガンくるとか、興味無い誘いまでどんどんくるような社会って今まではなかった。ここ数年でものすごく変わったと思います。
講師になる人も、資格なんかなくていい。「友達の誰々が、これがすごく得意だから、ちょっと今度つくりかた教えてもらおうよ」ってみんなでわーっと集まって、お金も少しは払って学びの場をつくるようなことがすごく増えていて、それってまさに、学びの民主化なんですよ。ビジネスじゃなくても仲間同士のコミュニティでもできるし、どこか組織がやるよりも友達がやる方が参加しやすかったり、あるいは自分の興味にそもそも適っている。これからはまさにおっしゃるように、学びはガッと広がっていく方向にしかない。
あとはそういうところとストアカさんがどんな風に絡んでいくのかという世界かなと思いました。
教える側もそうですね。教える側も民主化してる。
今まで大学の先生とか、組織の中でしか教えていなかったのが、ストアカさんがもっとオープンにした。直感ですけど、これがストアカ1.0だとすると、2.0、3.0みたいな新しい形態のニーズが世の中に出てきそうですね。
もっと皆が教えて、皆が学ぶとなると、ハードルの低いところから高いところまで、もっと多様なものが取り揃えられるようになる。すると、学ぶ方の人口が一桁二桁違ってくるかなという感じがする。
僕も教員やっているけど、教えるのは楽しいんですよ。教えてわかってもらって学生が育つとかね、嬉しくてよかったなぁって。
親って幸せなんですね。
そう。教員は、親の幸せを100人分体験できるみたいな。
ぜひ皆さんも、教える側にどうすればなれるか、考えてみてほしい。皆さんそれぞれいろんなすごいスキルがあるじゃないですか。それを教えあう。
そうですね、そうだと思います。
まずは知るべきことを知って意識すること。知らないと、金があることが幸せなのかと勘違いしちゃいますからね。知って意識して、習慣化することですね。
【ファシリテーター】
藤本崇(ストリートアカデミー株式会社 代表取締役)
1976年生まれ。24歳まで通算15年間をアメリカで過ごす。大手企業に務める傍ら、映画学校、料理学校などでキャリアの模索を繰り返した後、スタンフォードでMBAを取得。2005年にSteve Jobsのスピーチを生で聞いて衝撃を受け、起業を志す。金融での経験を経て、2012年にゼロからプログラミングを学び、もっと個人が自由に生きることができる社会を目指して、ウェブ上で学びたい人と教えたい人を結ぶマッチングサイト「ストアカ」を立ち上げる。ストアカは4年後、全国で1万人が教えて10万人が学ぶ日本最大級のまなびのマーケットへと発展。
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