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切れ味のよい包丁は、人を笑顔にします 家庭用包丁研ぎ講師|Hisashi Toyosumi
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先生のプロフィール
豊住久さん(Hisashi Toyosumi)
世界の料理人が認めた切れ味最高の日本の包丁ですが、家庭用の包丁が何故か切れない!二世代前は家庭で包丁研ぎをするのが当たり前でしたが、今は簡易包丁研ぎ器に頼っており、包丁本来の性能を発揮することができておりません。現役時代に培ったファミリーレストランの包丁研ぎ技術を、学ぶ機会が少ないアマチュアの方々に伝授できればうれしいと思っております。
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目次
- 27歳:リストラされて“自分の価値”を思い知る
- 45歳:“とんかつの衣”がきっかけで、包丁研ぎと出合う
- 61歳:ストアカの存在をテレビで知り、再び包丁研ぎ講師に
- 「その人のやってきたこと」にそっと重ねてあげると、受け入れられやすい
取材・文:福嶋 聡美(ライター)
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東京・巣鴨のご自宅で行う豊住さんの「包丁研ぎ講座」は、北は北海道から南は沖縄まで、全国各地から多くの生徒さんが訪れる人気講座です。
包丁と聞いてすぐに浮かぶのが料理人。しかし豊住さんはもともと、空調衛生設備工でした。
思いもよらぬきっかけからはじめた“包丁研ぎ”。「道具とは」「教えることとは」——-
今も続くこのご縁によって、豊住さんはどんな気づきを得られたのでしょうか?その都度訪れたターニングポイントを絡めながら、お話いただきました。
27歳:リストラされて“自分の価値”を思い知る
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定年まで、大手洋食レストランチェーンに勤務されていたとお聞きしましたが
工業高校卒業後は、暖房・冷房や換気などの空調設備工事や、給排水・汚水処理などの衛生設備工事を請け負う会社に就職しました。そこで、設備工をしていたんです。いわゆる職人ですね。それが、1970年代に起こったオイルショックによる不況で、27歳の時にリストラされてしまいまして。
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そのとき、すでにご結婚はされていたのですか?
していました。ですから、それから一年ほどは、妻に養ってもらう「髪結いの亭主」状態だったんです。
最初の2か月ぐらいは自由で楽しいな、なんて思っていたのですが、日に日に昼夜逆転の生活になって体調も崩してしまい、就職活動しても鳴かず飛ばずで……。
否応なしに「社会に対して何の価値もない自分」に気づかされました。
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その後、飲食業界に転職を?
そうです。当時、求人誌でカラーページを飾っていたのはほとんどが飲食系の会社でした。景気がよさそうだし、なにしろ食べ物を扱っているんだから、食いっぱくれないだろうと(笑) 自分の価値を高めるために、全く違う業界に飛び込みたいという思いもありました。
しかし飲食、といっても私の担当は建物と設備管理。冷暖房機器から冷蔵庫、厨房、照明、調理器具に至るまで、店舗内にあるすべての備品を維持管理する部署に配属されました。
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その設備管理の業務で「包丁研ぎ」に出合った・・・?
いや、まだそこでは出合っていません(笑)
16年間、設備管理の部署に所属したのちに、なんと営業に抜擢されまして。
「お客様に美味しく食事をしていただき、気持ちよく帰ってもらう」。一口にこう言っても、これは店舗の掃除から料理の味、接客などさまざまな要素が組み合わさって実現するもの。
営業マンとして、細部にまで目を配り、耳を傾け、奮闘していたある日、お客様から言われた一言がきっかけで、「包丁研ぎ」に携わることになったんです。
45歳:“とんかつの衣”がきっかけで、包丁研ぎと出合う
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それは、どんな一言だったんですか?
「おたくのお店のとんかつ、いつも衣が取れちゃっているんだけど」と。
最初は商品そのものに問題があるんじゃないかと思って、商品部に文句を言いに行きました。しかし、何度確認しても、商品に不備はありませんでした。
そこで、近所のとんかつ屋に行き、店のおやじさんに相談してみたんです。そうしたら「それは包丁が切れないからだよ」と。
要するに包丁の切れ味が悪いから、とんかつをぐずぐず切っている間に、衣が取れてきちゃうんだと。
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意外にも原因は「道具」にあったんですね。
驚きました。包丁が切れないことによって、こんなクレームにつながるなんて。
この件で包丁を研ぐことの重要性を理解したものの、社内には包丁研ぎを教えられる人がいなかったので、私が独学で学び、スタッフに教えることになりました。
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どうやって包丁研ぎを学んだのですか?
調理道具店がずらりと並ぶ合羽橋に行って、職人が包丁を研ぐのをそばでじっと見ていたり、他のレストランの料理人に教えてもらったり。とにかく包丁のある現場に出向き、見て聞いて歩きました。
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誰かに教えてもらう、というのではなく、実際に見て学ばれたんですね
当時は包丁研ぎの講座自体が存在しませんでしたし。
水道工職人だった父がよく「仕事は盗むもんだ」と言ってましたが、合羽橋の職人さんにも同じことを言われました。じーっと見ていたらそれを見かねて「こうするんだよ」と教えてくれるようになりましたが(笑)
小さいころから道具が周りにある環境で育ち、もともとの職人気質も手伝ってか、そんな風にして技を身に着けることができました。
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その後、スタッフに教えるにあたり、留意した点はありましたか?
「研ぐ目的」を明確にしましたね。
職人として包丁を研ぐのと、洋食レストランで使うために包丁を研ぐのでは、目的が違います。前者は、刀としての見栄えも大切ですが、後者は、見栄えではなく「切れるかどうか」が一番重要ですから。
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延べ何人ぐらいのスタッフに包丁研ぎを教えましたか?
一年間で500人くらいだったでしょうか。
当時、職場ではキャベツの千切りは機械でスライスしていましたが、トマトや長ネギは手で行っていました。アルバイトの調理スタッフが「職場に来たら、まず切れる包丁を探す」というほど、業務に多大な影響を与えていたんです。
61歳:ストアカの存在をテレビで知り、再び包丁研ぎ講師に
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それからずっと定年まで営業部に?
いや、それからまもなくして、閑職に左遷することになりまして。
「お店の包丁が切れない!」と大騒ぎして、組織を揺るがせてしまったからでしょうか(笑)
異動とともに、包丁研ぎ講師からも遠ざかりました。
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では、再び講師となったのは……?
定年後です。実は、ストアカが講師となるきっかけとなったんです。
2013年にテレビ番組でストアカが紹介されていたのをたまたま見て「食の現場で生産者と購買者が直接結びついたように、教育産業も、教える人と学ぶ人が直接つながる時代となったんだ!」と、非常に感銘を受けまして。ここで何かやってみたいなと思って、すぐにカメラ講座に申し込みました。
ほどなくしてストアカ内の「先生向け講座」の存在を知り、なんとなく受けてみようかと。
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その時、すでに包丁研ぎの講師になろうとは決めていたんですか?
いえ、受講中に考えました。英会話やプログラミングを教えたいと周りが言い合っている中、自分は何が教えられるのかと考え、思いついたのが「包丁研ぎ」。
内容を発表したら、なんと参加者10人中8人ぐらいが「危険な商売だ」と猛反対。でも、いきおい始めてしまいました。
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実は、講座へのニーズがあると確信があったのでは?
ニーズというより、「日本中の家庭が、切れない包丁を持て余している」という確信はありました。
サラリーマン時代の最後の仕事は「店舗の家賃値下げ交渉」。
各地のオーナー宅を訪問し、粘り強い交渉を繰り返していたのですが、ふとした合間に、奥さんに包丁について伺うと、大抵が「切れない」と。
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「切れない包丁」はいつの時代も、どこの地域にも存在するんですね
そうなんです。
そんな時はとっさにジャケットを脱いで、ワイシャツの腕をまくり、その場で研いであげました。業務とは直接関係のない作業でしたが、その後交渉がうまくいくケースは多かったですね。
それが思い出の品だったり、高級品だったりすると感激もひとしおだったようでして。
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その技術を、自身のみで完結するのではなく、再び人に教えようと思ったのはなぜですか?
食べ物を与えるより、食べ物を収穫できる方法を教えてあげる、というのがビジネスの基本でもありますし、包丁をはじめ、道具というものは、自分のいいように手入れをして心地よく使い続けるもの。
「誰かに研いでもらう」「新しい包丁を買う」のはたやすいですが、自分で技術を身に着けてもらって、気軽に手入れをできる環境を整えるのが道具にとっても、その人にとっても、一番だと。講座をはじめてすぐは、参加者ゼロなんて日もありましたが、クチコミでじわじわと広がり、生徒さんが増えたところを見ると、結果ニーズはあったのだな、と思います。
誰だって、切れ味の悪い包丁と毎日向き合うのは嫌ですもんね。
「その人のやってきたこと」にそっと重ねてあげると、受け入れられやすい
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生徒さんの性別や年齢で教え方を変えることはありますか?
包丁を研ぐ動きを見て「何のスポーツをされていましたか?」とお聞きすることはあります。そのスポーツの動きに応じて力の入れ方・抜き方をアドバイスできるんです。
「その人のやってきたこと」に重ねて教えてあげると、割とすんなり受け入れられます。
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ストアカで講座を開いていて、一番思い出深いエピソードは?
これも「その人のやってきたこと」に寄り添い、導くことができた一例なのですが、70代の男性が岡山からはるばる来てくださったことがあります。
それまで、プライベートで包丁研ぎをやっていたそうですが、「なんでこうなるんだろう?」と思い募っていた長年の疑問が、この講座で一気に解消したと喜んでいただけました。
自分より年上の方に「これで安心して天国に行けます」なんて言われたら、感無量ですよね。
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講座を開催するごとに、生徒にも先生にも喜びがたくさんあふれてそうですね
何度も通うものではなく「一回2時間で技を取得できる」内容ということもあって、とにかく部屋に入ってきたときと帰るときの生徒さんの表情がまるで違うんです。
個人宅ということも影響してか、「恐る恐る」といった雰囲気で始めるのに、一通り学んだ後は「技を取得できた」という実感と「研ぎたてほやほやの包丁で何かを切りたい」という意欲でお顔がぱーっと明るくなるんです。これは何度見ても嬉しいことです。
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最後に、豊住さんにとって「教える」とは?
生きがい、そのものですね。お金と時間をいただいている以上、その人の脳や心に刺さる内容でないと、納得していただけない。どうすればそれができるのかを考えるのがまず面白い。
退職後、やりたいこと・やらなければならないことがなかなか見つからず、しばらくは牙の抜けた虎のようになってしまっていましたが、この講座を開くことによって、自信を取り戻せた気がします。
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豊住さん、ありがとうございました!
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編集後記:お話を伺う前に「砥石を使った簡単家庭両刃包丁研ぎ研修(入門編)」を受講させていただきましたが、この原稿の半分が書けてしまうほどに豊住さんの「人生」が詰まった、魅力的な内容でした。
15年来愛用している包丁の切れ味を取り戻せたと同時に「自分には包丁以外にも手入れをしなければならないものがたくさんある」ことにも気づかされ……
心の奥底にまで響く、深い講座です。
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先生のプロフィール
豊住久さん(Hisashi Toyosumi)
世界の料理人が認めた切れ味最高の日本の包丁ですが、家庭用の包丁が何故か切れない!二世代前は家庭で包丁研ぎをするのが当たり前でしたが、今は簡易包丁研ぎ器に頼っており、包丁本来の性能を発揮することができておりません。現役時代に培ったファミリーレストランの包丁研ぎ技術を、学ぶ機会が少ないアマチュアの方々に伝授できればうれしいと思っております。
先生の教えている講座
講座 | 『砥石を使った簡単家庭両刃包丁研ぎ研修(入門編)』 |
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受講料 | 2500円(2時間) |
定員数 | 4名 |
申し込み | https://www.street-academy.com/myclass/908 |